アニミズム的な視点を忘れていることで起こっている問題ってどんなことっすか?
わかりやすい例として、現代の土木技術と土砂災害について考えてみよう。
土砂災害は年々ひどくなってる気がするっす。
異常気象が原因っすかね?
それだけじゃないと思いますよ。
というか、異常気象もこれから説明する問題と大きく関わっている。
また、遠回りになるけれども、ここでもインゴルドの議論をみてみよう。
インゴルドは風が風している。大地が大地しているといったように、〇〇が〇〇していると、名詞を自動詞化するような言い方を使っている。
風が風してるんすか?
そう。これは、先程のメッシュワークのはたらきを示しているんだと思う。
風が風している、というとき、風のはたらきが線としてメッシュワークの中に存在していることをイメージしてみよう。
地球の循環の中にあるはたらきは、それぞれ何かしらの役割を担っているんだけど、風が風としての役割を果たしている状態と言ってもいい。
ところで、最近、建築の分野でも「大地の再生」や「土中環境」(*1)という言葉をよく聞くようになったけど、聞いたことがありますか?
うーん、聞いたことないっす。
どちらも、造園技術や昔からの知恵をベースにしたもので、地上や空や土の中の、そこに本来備わっていた、水や空気、生物などによる循環を再生しようと実践している。
僕も、関連映画をみたり、ワークショップに参加してみたけど、土や木にちょっとした手をいれることで、それまで息がつまっているような感じがした自然が、循環を取り戻し、息をふきかえす、というのを目の当たりにしたよ。
これは、どういうことだろう、と不思議に思っていたんだけど、インゴルドを読んだことで、少し掴めた気がするんだ。
つまり、それまで、何らかの原因で、風が風することや、土が土すること、ができなくなっていたところに、その原因を取り除くきっかけを与えることで、風や土が本来の役割を取り戻していった、ということなんだと思う。はたらきが止まっていた線を、再始動させて、メッシュの中に返す、みたいなイメージかな。
そして、それは単体の出来事として終わらずに、絡み合った線・はたらきが複雑に関係し合うことで全体が動き出す。つまり、メッシュワークとしての世界が変わり始めるんだ。
へーーっ。
そんなに効果があるなら、もっと広まっても良さそうっすね。
僕もそう思うよ。
ただ、どちらの理論・実践もデカルト的な世界観からだと想像するのが難しいので、アニミズムと同様に人に理解されにくいかもしれない。(ちなみに、僕が今しゃべっていることも、あんまり理解されないんじゃないか、という気がしてるよ・・・)
これは客観的に世界を知る方法、というよりは、世界の中で生きる方法なので、実際にやってみないと実感を得にくい、というのも大きいかもね。
それに、効果があるといっても、現代の土木技術のように大きくいっぺんに変える方法ではなく、はたらきそのものを少しずつ修正していく方法なので、効果を感じるには時間がかかる。
問題を瞬間で捉えるんじゃなくて、継続する時間とともに捉えるというのもメッシュワーク的世界観の特徴だ。つまり、時間も分断しない。
さっきの、現代の土木技術と土砂災害とはどう関係があるんすか?
現代の土木技術は、デカルト的な手法だと言える。
細分化した要素の中からいくつかを選び出し、それをもとに計画を行い、どこにでも同じような手法で対策をする。
その時に、メッシュワークの中のさまざまなはたらきは見落とされている。
土の中には、様々な生物がいるし、水と空気が循環していて、それが自然の秩序を守っているんだけども、その中にコンクリートの構造物を強引に差し込む。
確かにそれで一時はうまくいくのかもしれないけれども、水や空気の流れを断ち切られた大地は荒れ、植物の地形を保つ役割も損なわれる。
そして、行き場を失った水や空気が、やがて行き場を求めて地盤を崩壊させ、大規模な土砂災害が起こる。
これは、自然が本来の循環やはたらきを取り戻そうとして起こしたと言える。
もちろん、自然に意思があると言うことじゃなくて、自然には循環が滞った時に、それを回復しようとする大きな力が備わっているということだね。
だけど、人間は災害が起きると、さらに大規模なコンクリートで固めて、再び自然のはたらきを止めてしまう。これはイタチごっこで、さらなる災害の原因になりかねない。
なるほど。少しイメージができたっす。
今のやり方には、自然のはたらきが見えてないってことっすね。
そうなんだ。
世界観の違いが、いたるところでこういう問題を引き起こしている。
世界をどのように捉えるかは、机上の空論どころか、想像以上に具体的で重要な問題だと思うよ。
さて、次の図は、大地と天空についてのイメージを描いたものだけど、どっちがメッシュワーク的イメージだと思いますか。
今回は、話が長いっすね。
これはGだと思うっす。
・・・もう少しなのでお付き合いください。
そうですね。Gがメッシュワーク的なイメージです。
多くの人は、Fのように、大地と空を名詞として捉えていると思う。世界を構成で捉えるデカルト的な世界観だね。
このときの大地は、単なる塊でしかなく、天空は、上部を覆っている空虚なものでしかない。
ここで、インゴルドは”陸を海する”ことを提案するんだ。
陸を海するんすか?
そう。僕たちは、陸の視点から海を見た時に、水が循環していて、その中に様々な生物がうごめいているのを想像するよね。つまり、海が海しているのが想像できる。
だけど、大地は、単なる塊としか捉えていないことが多い。
なので、海が海しているのを想像するのと同じように、陸についても想像してみよう。
そうすれば、土の中にも水や空気の循環があり、生物がうごめく、はたらきに満ちたメッシュワークの世界があることが想像できないだろうか。
同様に、天空も風が流れ、鳥が飛び、さまざまな音が満ちている世界が想像できる。
こんな風に、世界をはたらきに満ちたものと想像できれば、今まで静止していた世界が、とたんに動き出さないだろうか。
おおっ!なんかイメージできてきたっす!
Gは空と大地を名詞じゃなくて、動詞のように捉えてるんすね。
動いてる感じがするっす!
この、今まで静止していた世界が、とたんに動き出すような感覚。これを大地の再生のワークショップの後に感じたんだけど、その理由がやっと分かった気がするよ。
つまり、これらの実践は、風が風するため、土が土するため、静止していた世界を再び動き出させるために行っていたんだとね。
そして、建築もこういう世界観のもとで考えた方が、いきいきとしたものになると思うんだ。
なるほどっす。
最初の問題、調和する思想っていうのは、はたらきに満ちた世界を想像することから始まるのかもっすね。
現代土木技術の矛盾と「大地の再生」や「土中環境」の可能性。
これが実感できるようになるにはそれなりに時間がかかったのですが、アニミズム同様、自分の言葉に置き換える必要を感じていました。
これらを、静止していた世界を再び動き出させる手法だと考えると、ようやくしっくりきたのですが、建築の考え方も、まだまだデカルト的な世界観が大勢を占めています。
その世界観・イメージを更新することができれば、建築ももっと豊かになるのではないか。
そんなことを最近考えています。