第23話「稲作体験を終えて(前編)~ツールと風景」

ニキさん、ようやくお米の収穫が終わったので、良かったらこれ食べてください。

あざっす!
米の値段が上がったので助かるっす!

米作り、大変だったんじゃないすか?

そうですね。いろいろ失敗もしましたし、結構たいへんでした。

でも、米作りは大変だ、と言われてるほどじゃなくて、やってみれば案外なんとかなるもんだ、というのが正直な感想ですね。

それに体験してみて分かることもいろいろありましたし。

たとえばどんなことっすか?

ツールの世代と価値

たとえばですね、米作りに必要なツールはいろいろあるのですが、その世代ごとに異なる価値や意味をもっていることが分かりました。

世代ごとのツールはこんな感じですね。

へー、いろいろあるんすね!

右が現代の主流のツール。今は、真ん中と右側が混在している感じですね。
赤丸は今回使用したツールで、僕は、なるべく左側の昔のツールでやってみようとしたんだ。

そこで分かったツールの価値なんかはこんな感じだね。

簡単に言うと、右に行くほど、効率的になり、広い面積が対応可能になる

だけど、その分、エネルギー消費量やコストも増えて、参入する障壁になるし、作業は危険性が増し、単独作業になるので孤独な単なる「作業」という色合いが濃くなる

オノンさんは、なるべくコストを抑えようとして左側のツールを使おうとしたんすか?

それもありますね。

今回、耕起・シロカキは人力では難しかったので、近所の方にお願いしてトラクターでやってもらったんだけど、その依頼賃が今回の全体コストの4割くらいを占めてるんじゃないかな。
一方、左側のツールは、安価だったり頂き物だったりコストはほとんど掛からない分、可能な面積は限られます。

面積をカバーしようと機械を導入すれば、必ずコストの問題が生まれる。

大型機械を購入するのは難しいし、機械の大型化が米作りの一番の障壁になっているのは間違いないと思うよ。

僕の場合は、米作りで金儲けをすることが目的じゃなくて、体験そのものや風景の維持が目的だったので、できるだけ左側のツールを使おうとしたんだ。

そこで分かったのは上の表の真ん中、「会話、共同・連帯性、生活表出、アクチュアリティ」の価値は、左側のツールの方が圧倒的に高いということだね。

動力を使った真ん中以降のツールでは、会話や連帯がとたんに生まれなくなるのが良く分かったよ。

じゃあ、来年は左側のツールをメインでやるんすか?

そこはまだ迷っているところなんだ。

実感としては、例えば一家族+知り合いに手伝ってもらうくらいの作業で、週末に片手間でやるとした場合、可能な面積は、

・左側・・・最大1反(約1000㎡)
・中央・・・1反~3反
・右側・・・3反~10反


という感じかな。
今回、1.5反だったので、左側のツールだけでは厳しくて、結局ご近所さんに頼んで中央・左のツールを使うことになった。

なので、来年は1.5反をツール混在でするか、その半分をなるべく左側のツールでするか迷うところなんだ。

ただ、半分だと、僕の家族の1年分がとれるかどうか、くらいの収穫(*1)になる。
現金として支出分を補ったり、お世話になった方に配ったりを考えると、1.5反ほしいところでもある。

そうなんすか。難しいところっすね。

たぶん、効率的には、真ん中のツールで、1.5反くらいがちょうどいいバランスだと思うよ。

だけど、「体験そのものや風景の維持」という初心にかえると、左側のツールに含まれる価値にこそ意味があると思うんだ。

これから、いろいろな人が週末に気軽に米作りなんかができるようになるといいな、と思っているけれども、そのためには、左側の価値は重要だし、この辺の規模とツールのバランスを見極めることがとても大切だと思うようになったよ。

さっきの表の、「会話、共同・連帯性、生活表出、アクチュアリティ」のうち、最初の2つはなんとなく想像ができるんすけど、生活表出アクチュアリティってどういうことっすか?

ツールと風景

これらは、互いに関連しているんだけど、まずは生活表出について。

生活表出というのは、そのまま生活しているさまが人の目に触れるように表出されているということで、いうなればどういう風景が生まれるか、ということだ。

さっき、動力の必要なツールは単なる「作業」になると言ったけど、単なる作業を笑顔でしている人はあまりいない

やらないよりはずっといいけど、単なる作業をしている風景を見てもあんまり楽しくはないよね。

一方、左側のツールでは、多くの人が連帯しながら進める必要があって、そこには会話や笑顔が生まれる

危険性も低いので子どもたちも参加できるしね。

(もう少し、いい写真が撮れたらよかったんだけど・・・)

また、今は、コンバインで収穫して、そのまま機械で乾燥させることが多いけれども、稲架掛けで天日干しをしている風景はやっぱりいいものだったよ。

お米が美味しくなるし、稲藁という副産物も手に入る。昔は稲藁でいろいろなものをつくることが生活に溶け込んでいたよね。

やっぱり、楽しそうっすね!

僕たちの生活している風景が豊かになることは、とっても大切だし、建築とも深い関わりがある問題だ。

その生活の表出、風景にとってツールの選択が大きな意味を持つことが分かったのが一番の収穫かもしれないね。

今は、経済性のみが価値として優先されて、効率性の高いツールが当然のように選択されているけれども、視点を変えることで別の価値が見えてくる
これは、これからとても大切になってくると思うんだ。

なるほどっす!

じゃあ、アクチュアリティってどういう意味っすか?

これも、建築と関連が深い概念ですが、長くなったので次回説明しましょう。

これまでの経緯については タグ:インセクト米 を御覧ください。

本文でも書きましたが、米作りをやってみて、ツールの選択が大きな意味を持つことが分かったのが一番の収穫かもしれません。

一般的には、状況に応じてもっとも効率性の高いツールを選択することが普通なのかもしれませんが、それは経済性の価値のみを考えた場合です。

しかし、例えば、身の周りの風景を豊かなものにする体験を楽しむ生きる力を身につける、など、経済性とは異なる価値に目を向けると、選択に幅が生まれます。

それは、子どもたちに異なる物語を生きる術を伝えること、ひいては「この世界を生きているんだ」という実感をつかむことにつながります。

それについては次回書いてみたいと思います。

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